『安倍晴明』は、阿倍野区民?

「安倍晴明」と言えば、『陰陽師』であり、京都上京区晴明町に『晴明神社』という神社に祀られているのが、よく知れ渡っていますが、実は、「安倍晴明」は、大阪、しかも阿倍野区の生まれなのである。 阿倍野区の「阿倍野」も、現在の阿倍野区の地を領有していた豪族「阿倍氏」の姓からの由来したものとされているのが、有力とされています。

大阪市阿倍野区の『安倍晴明神社』は、松虫通の交差点の南西側から旧熊野古道に入り、100メートル程南に進んだ住宅街に位置します。側には大阪のチンチン電車「阪堺線」が走っており、最寄りの駅は、『 阪堺線 東天下茶屋駅 』になります。天王寺駅からだとおおよそ10分といったとこでしょうか。

『安倍晴明神社』参拝

住宅街の間に静かに鎮座する『安倍晴明神社』ですが、お参りの為に鳥居をくぐると少し空気感が違います。緩やかにピーンと空気が清められた感じがするのですが、手水場で、手と口を清めお参りの準備をします。地元の方も良くお参りしているようで、ご家族連れがお出かけ前にお参りに立ち寄った様でした。

安倍晴明神社8

 

安倍晴明神社4

鳥居をくぐると左手が手水場、右手にお稲荷さんがあります。そして、正面が神社の本殿になってます。本店手前の左手が社務所なのですが、今般の参拝の折には閉まってました。 通常は、社務所の小さな窓の中に人がいてお守りや御札、占いが売られています。本殿に向かう右手には、晴明公の産湯の井戸、や葛の葉姫の図、晴明公の像がある。

安倍晴明神社5 安倍晴明神社1 安倍晴明神社3

地元では、『晴明さん』と呼ばれ、親しまれています。

丁度、参拝をしていると、地元の人が通りすがりに挨拶を交わした人に、「ちょっと、晴明さんにお参りしてから行きますわ。」とすれ違った方と話をしておりました。どうも、ご近所の小学校の運動会が催されているようで、首から「入校証」を下げておられました。お孫さんの運動会なんだろうと見ていると、他にも小さな女の子を連れたお父さんの首からも「入校証」を下が下げられているのが見かけられます。 お子さんやお孫さんの徒競走での活躍をお祈りしているのでしょうか。ほのぼのとした光景を見て、少し心が和みました。

本殿のご参拝

本殿には、鈴のついた縄が下がっており、揺すると「がらーん、がらーん」と音が鳴り、お賽銭を賽銭箱に入れ、二礼、「パーン、パーン」と二拍手、願い事を心の中で呟き、一礼。 私がそうやっている間に、次の参拝者が後ろに並んでいました。 お賽銭箱の先には、護摩木(願い札)が並べられて、色んな色の紙垂がついており、なんとも不思議な感じがした。

安倍晴明神社6

振り返り、晴明公の像に軽く一礼し、神社の入口のお稲荷さんに向かった。いろなん資料には、晴明公の父親は「安倍保名(あべのやすな)』、母親は、『葛の葉姫(くずのはひめ)』だとされ、『葛の葉姫』は、白狐の化身であったと伝えられています。それに由来しているのだと思いますが、白狐の祀られた境内のお稲荷さんには、自然とお参りをしてしまします。

社務所が開いていなかったのが残念でしたが、神社の鳥居を出て一礼し、『安倍晴明神社』を出ました。

安倍晴明公が生きていた時代は、西暦900年代平安時代、そう考えると『安倍晴明神社』の地も1000年以上の歴史があると思うと、この地の歴史の重みを感じました。