野菜が不足していると感じる人々にとっては、その根拠を何処に求めれば良いのかという不安がいつも付きまとうが為に悩みも深いのではと私は常日頃感じています。 
ところで私は野菜の専門家ではなく音楽家で、ナポリに思いを寄せるテノール歌手なので、イタリアンな野菜談義からアプローチを試みたいと思うのです。

イタリアの自然主義

私がイタリアに滞在中に原因不明の打撲で膝に黒いあざが腫れたことがありホテルの従業員に見せると、日本であればまず湿布薬を持ってくるのですが彼らは「冷やして様子を見ましょう」とビニール袋いっぱいに氷を詰めて持ってくるのです。長い時間まず冷やして腫れが引いたところで初めて薬を持ってきてくれました。日本の病院で処方箋扱いになっているボルタレンという薬なのですが日本のものより少しマイルドな効き目なのです。つまり彼らにとっては「自然」の力を借りて身体を癒すことが先であり、次が薬なのです。

自然とは神の記した書物

ナポリの哲学僧であり「太陽の都」を記したトンマーゾ・カンパネッラは「自然とは神の書物であり生きた寺院である」と説きました。そして我々人間は、生きた寺院から神々の聖なる徴を読み取るべきだしそれができるはずだとも語っています。少々前置きが長くなりましたが、カンパネッラの言葉を借りるならば野菜もまた自然あるいは35億年以上かけて作り上げられた地球という神の書物の一部であり人間に与えられた大いなる恵みと言えるのではないでしょうか。
その野菜は土壌に根をはり、土中の過酷な環境に打ち勝って我々に姿を見せてその生命を分け与えてくれるのでしょう。その点から考えるならば様々な形態で加工されたとしてもその生命は簡単に失われるものではないにしろ、最も栄養価が高いのは取り立て野菜であり調理に至っては自然の風味を損なわない味付けがベストではと思います。

スローフード運動と沖縄おばあのてぃーあんだん

1980年代にローマのスペイン広場前にマクドナルドが初めて開店した際に、「このままではイタリアの食文化が廃れてしまう!」危機感からスローフード運動がはじまりました。現在ローマには駅前にもマクドナルドが店舗を展開していますがイタリアは相変わらず「自然の食材」の旨味を大切にしています。日本国内であれば沖縄料理がそれにあたるのではないでしょうか。素材の持つ自然の旨味を大切にすると共に「てぃーあんだん」つまり「手塩にかけて料理に心を込める」ということ。
ここで大事なことは、野菜を含むすべての食材が医食同源として生命を持つものである限り程度の差はあれ効果を持つものだと思うのです。その中で何をどう使うかは使いたい側が何をどれだけ必要としているかによると思います。

【大切なこと】私自身の体験より

大地の恵みを存分に受けたいと願うならば畑の取り立て野菜が最高でしょう。あるいは、補助的に野菜のエキスを摂取して健康に役立てたいならばジュースサプリメントの摂取が最適であり、充分に効果を発揮することでしょう。でもこれらの他にもうひとつ忘れてはならない事があります。それは充分かつ適度な運動によって摂取した栄養を消化することです。ちなみに私自身の体験をお話しますと、水道の水をやめて湧き水を汲み、自家用車をやめて全ての移動を自転車で行っています。石油ストーブもやめて、煮炊きを炭や練炭で…自分で野菜を育てるようになりトマトぶなしめじが育ちしいたけも芽を出し始めている状況です。20キロ離れた街中に自転車で出かけた際にはマックの100円チキンを思い切りほおばりますが家に戻ると近くの直売センターだ求めた人参、玉ネギなどにカレーのルーやパスタを加えて自分の味を楽しんでいるのです。往復で約40キロの道のりも通う内に慣れましたし苦になりません。距離感とか身体の感覚が身につけばそれが普通になるからです。何故そんなに?との質問があるかも知れませんがそれは貧しいからです。でも私は貧しさ故に胃痛からもメタボリックからも解放されて健康体に戻ることができました。96㌔の体重が61㌔にお腹も修行僧のようにぴしっとしまって銭湯に行くと周囲のお父さんたちが羨ましそうに見つめています。アルケミーという自然科学者の言葉に「祈れ…働け…されば開かれん」との言葉がありますが便利を追及してきた結果人間が失いつつある原点を再び思い出す時期が来ているのかも知れません。
さあ!美味しく食べて、働いて、遊んで、悩み考えましょう!!あなたにもきっと大いなる健康が必ずおとずれますよ!!
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